2012年8月30日木曜日

事情を認めてもらえた人は他人にも優しくなれる



◇現在は過去の積み重ね。それぞれの「現在」を否定しない


共感性は、人を癒すだけでなく、変化を引き起こす上で最大の鍵を握っている。
相手の気持ちを汲むという態度が人を動かすのだ。
もしも、相手を思い通りに動かしたい上司や
大切な人がまずいループに入っているのをどうにかしたい場合(ニート、無職なども含む)には
相手の現在を否定することなく「共感」してあげることが大切である。




■「変化を起こすこと」と「を変えること」の違い


患者に安全を提供するためには、
患者のありのままを受容する必要がある。

治療というのは変化を起こすためにすることであって、現状の何かしらを否定しなければ
変化に向けての動機付けが得られないのではないか、ということだ。


ただし、実際には、変化を起こそうと思うのであれば、相手を変えようとしないことが重要だと
私は思っている。



人間にはそれぞれのプロセスがあって、変わるとき(変化の準備ができているとき)には変わるし
それ以外のときには変わらない。
変化を起こすためには、そのプロセスを妨げる要因を除去することくらいしかできず、
治療とは基本的にはそういうことを提供する場なのだと私は思っている。



■変化は現在を肯定されることでしか起こらない!


人はそれぞれ前進する力を持っており、
それがさまざまな要因(現在かかっている病気の症状や誤った情報による悪循環など)によって
妨げられているに過ぎず、本来の力を引き出せる環境を作れば、
人は自然に前に進むものなのだ。


これは私の臨床経験から、また、臨床外の人間観察から、そして自分自身のことを考えても
事実だと思っていることである。


反対に、「替えようとすること」は、一般に逆効果である。

変えようとすると、かえって抵抗を強めてしまい、変わりにくくなることが多い。
これには、いろいろな理由が考えられるが、
最も大きなものは「変えようとする事」=「現状に否定的なジャッジメントを下していること」だと
私は考えている。
現状を「よくないもの」とジャッジしていなければ、変えようとしないはずだからだ。
否定的なジャッジメントを下されたときに、
私達はやはり傷つくものである。


それ以上否定的なジャッジメントを下されないように、自己防衛として
「変わったように見せる」ことはあるが
それはもちろん本質的な変化なのではなく、
むしろ「変わったように見せること」にエネルギーをとられてしまい、
回復のプロセスは停滞か後退してしまうだろう。

「変えようとすること」の、もう一つの問題は
コントロール感覚を損ねる効果を持つということである。わせてしまうだろう。




人を変えようとしないことが、変化を起こすことに繋がる。

2012年8月27日月曜日

聴き上手な人は否定が大嫌い

 

 


◇聞き上手≒相手を尊重する、ので…




『聴き上手な人は頑固者が多い』とは植木先生の著書の言葉。


なるほどなぁ~と思わされた。
聞き上手の要素としては色々あるのでしょうが、「肯定」と「共感」は必須。

つまり、「その相手の価値観を尊重している」のであって、
根底には「それぞれの価値観は否定されるべきでない」と思っている節があるはずで
否定されるべきでないのであれば、自分の価値観も否定されるべきでないと思っているはず



だからこそ、
相手の話に「共感」はしているが「同感」を示しているのではない事は、
その証左である。



相手の意見に自分の意見をぶつけるのは聴き上手な人のすることではないはずで、
相手の価値観(意見)を否定しないというルールは自分にも適応されるのであれば、
自分の価値観を頑固に曲げないこと、周りからのアドバイスを右から左に流す特性があっても、
なんら不思議ではないだろう。

2012年8月12日日曜日

自分自身に居場所を見つける



お盆で帰省してきた旧友との語らい。

学生の時から、自己分析癖と客観性優位の価値観が何かと馬が合って
人生について話すことが多かった彼女の話。












■他人の評価で生きようとしてきた…





いままでずっとやってきたことは
どこかで他人に合わせて、他人の評価で生きようとしてきた。
みんなが自分に期待することをやらなきゃと思ってきた。
ボーイフレンドとも彼に合わせようよ必死にしてきた。

だけど、気づいたのは、大切なのは、
自分自身に生きることが一番大切なんだって。

だから、ここからは、
周りはもう気にしないで
自分が「これでいいんだ」と思う生き方をしたい、と語っていた。



☆☆☆



なんだか、生き方が下手というか、
自分の居場所を見つけ難い彼女だったんですけど
自分自身に居場所をみつけていくのであれば、
今度こそ、持っている幸せになる権利を十分に発揮することが
出来るんじゃないかなぁと思いました。



友達と話していると自分の考えが見えてくる。

「そういう考え方もあるなぁ」
「その経験を、プラスに捉えちゃうんだ」












☆☆☆










心と心を突き合わせられる相手、鏡のような存在との語らいほど
自分探しの瞬間は無いんだなぁと思った。


「見た目」を気にする病気になる人たちは
リアルな人間関係が少ないらしい。

これは病気にまでは至っていない人たちについてもいえることです。

もちろん、表面的には、それなりに人間関係がある人も多いのですが、
それが「本当の人間関係」であることは少ないものです。
「本当の人間関係」というのは、自分の気持ちを伝え、相手の気持ちも聞き、
心のレベルで交流が行われるもの。
自分をある程度オープンにしてさらけ出すことによって、
相手も気持ちをさらけ出してくれて、そこにつながりを感じるとき、
私達は「受け入れられている」と感じるものですし、
相手の事ももっとも受け入れやすくなります。

2012年8月2日木曜日

乗り越えてしまえば、みんな良い思い出に



>>
この瞬間のために何千時間 費やしてきたのが
知りたいから

すぐに迷い すぐに嘆き
すぐに疲れたふりして
嘘もついてきたけれど

この一瞬のための何千時間 壁は自分だった
今わかったこと
この瞬間のために 失ったことも多いけど
確かめたくて

この一瞬のためだけじゃないんだ
続きはまだあるんだ
探してたこと
この先で見つけられるかな
<<
『Moment』SMAP
Words&Music:山口一郎









◇悲しい物語は最終回まで辿り着けばハッピーエンド




■辛い記憶の方が多い気がするのは?



人間って言うのは基本的には
辛い記憶を良く覚えている。

というのは、そうしないと生存できないから。
辛い記憶ってのはどういうことかっていうと
結局は自分にとって危機なこと。
同じ状況に出くわさないために
危機になることを、より強く覚えている。

人生で良い事って思い出さないと思い浮かんでこないが
辛い記憶はむしろ、出てきて欲しくないときほど、勝手に浮かんでくる。

 

■辛さは楽しい思い出に


おじいちゃんとかおばあちゃんをみると、
ぽーっとしていて、幸せそうに見える。

色んな経験をしてきているはずなのに。

めちゃめちゃ大人な、おじいちゃんおばあちゃんたちを見ていると
もしかしたら、長く人生を積み重ねてきていると、
辛い思い出なんかなくて、乗り越えてきた今となっては
全て良い思い出になるのかもしれない。

最後までやってきた人にとっては
辛い思い出なんかないのかもしれない。

辛かったときの話を聞きだして
若者にお説教しようとしたって、
辛い記憶なんかないんだから、大人の目録は外れる。

 

■途中でやめなければ、みんな、ハッピーエンド


結局、過去って存在していない。
実は未来も存在していない。
絶対に確実なのは、この現在でしかない。

で、辛い過去も
それを乗り越えてプラスの経験と捉えられたら
現在の僕は、その過去を見て、
「あの過去のおかげで僕はこうなれた!」
って言えるのかもしれない。

もし、自分の中で過去の問題を乗り越えられずに、引きずっていたり、
乗り越えていないせいで今の自分が幸せでなかったら、
過去を見て、「あの時のせいで僕は幸せではない」
って思ってしまう。

現在の主観でしか過去は存在しない。

過去は変わらないっていうけど、もしかしたら、
現在を豊かにしていくことで過去は変わっていくかもしれない。

過去の自分の辛かった経験に意味づけをしてあげれれる、すなわち、
救ってあげられるのは、ここにいる自分でしかないのかもしれない。

そう考えると、辛すぎることも、いつかの自分が
今の自分を救ってくれる日が来るまで、僕達は
走り続ける必要があるのかもしれない。

 

■「それでも、生きていく」より



なんのために、悲しいお話があるのか。
悲しい話ばかりで逃げたくなる。だけど、逃げたら、悲しみは残る。
死んだら、殺したら、悲しみが増える。


増やしたくなかったら悲しいお話を書き足すしかないんだ。


「楽しくても、つらくても、幸せでも、悲しくても、生きることに価値があっても、
 なくても、今日が始まるんだなって」



○辛かった自分を救ってあげられるのは幸せな自分だけ